パンデミック後の新世界を作るために (foussin’s blog)

(『見捨てられた世代』からの提言)

一都民として現状況下での東京五輪開催には反対する

 宮内庁の定例会見での異例の「拝察」…それから中一日が経って、テレビ放送が一変したと感じている。「もうオリンピックは始まっているんだ」とでも言わんばかりの内容が増えてきた。

 言いたくない事だけど、どうしても「世論操作」を連想してしまう。一都民が何を言っても、もう止まれないのかもしれない。が、これだけは言っておきたい。それは、政府の方針は「日本国民の総意」ではないという事だ。

 「日本の民主主義」を守ってきたのは無名の市民達である。それは、誠実な暮らしを営んできた日本国内の「庶民の意志」が反映されたものである。そしてそれは「変質し始めた世界標準」に忖度し隷従しようとする日本政府の意志とは別物である。


 東京五輪「中止」を進言したい… なぜなら、現在の状況下で東京五輪を強行するのは、別の意味で「日本の民主主義」を後退させるからだ。
 張り詰めていた緊張の糸が切れた時に人はダウンする。都知事がダウンしたのは、感染者数が大幅増加に転じた日だった。たぶん…

東京五輪は失敗する」

…そう確信したのではないだろうか。誘致した時のスローガンは「お・も・て・な・し」だった。が、もはや「おもてなし」どころか、来日した外国人選手を隔離しなければならない。
 感染リスクに怯えながらでは、選手は競技に集中できないだろう。好記録が出る可能性も低いだろう。さらに、五輪開催中に検査で陽性反応が出てしまったら、もう競技には参加できない。そうなったら「濃厚接触者」も競技できなくなる。

 感染拡大に歯止めが効かない今の日本で、本来の実力を発揮できるアスリートがどれほど居るのか、大いに疑問だ。しかも「東京五輪」と「コロナ対応」を同時進行するために、マンパワーの分散を招いてしまっている。都知事がダウンしたのも仕方がない事に思える。

 メダル有力候補の選手にわざと感染者を接触させる陰謀に走る者も出てくるかもしれない。東京五輪陰謀論の舞台として、疑心暗鬼が蔓延するリスクもある訳。現に米国で、陰謀論に起因する大事件が実際に起きたではないか。そんな状況下でのオリンピックが楽しいと思うか?


 東京五輪の経済効果を期待する人、その既得権益を持つ者、さらに東京五輪を強行させ、その失敗を期待する国… 様々な思惑が絡み合い、開催都市・東京が振り回されている現状は、既に世界中が認識している。

 既得権益を持つ者とは、主に IOC、放映権を持つ放送局(米国)、資本主義政党、日本の財務省、スポンサー、ホスト都市(東京都)などである。以前にも書いた事だが、ウィルスには商業ベースのスケジュールは一切通用しない。
 資本主義は未来予測に基づきタイトなスケジュールを立て、資本投下を行い、利益の最大化を目指す。が、ウィルスは人の経済活動とは無縁の存在だ。資本主義の叡智を駆使して抑え込めるという考えは「視野の狭いご都合主義」に過ぎない。

 財政健全化「計画」に囚われている財務省も、資本主義の「商業ベース」に偏り過ぎている事に気付くべきだ。いったん「計画」された事業は、簡単には止まれない弱点を持っている。
 それは資本投下が巨額になればなるほど白紙撤回できなくなる。それを揶揄する言葉として「コンコルド効果」という言葉が生まれた訳だが、今後は「東京五輪効果」と呼ばれる事になりそうだ。。。

 経済活動が大事なことは分かるが、それが民主主義と対立するようでは本末転倒である。日本国民にもアスリートにも不安材料が多すぎる。既得権益者だけが得をする大会になりそうな予感がする。
 予定通り五輪を開催し、様々な問題が起こったとしても、閉会式では口当たりの良い「大会は成功だった」などという宣言をすればどうにでもなる…なんて運営側は考えていると思うが、その裏側で少なからず犠牲者が増え続けていたら、その遺族達はどう思うだろうか。これは民主的とは言えないと思う。

 開催都市が「毅然とした態度」で中止を宣言すれば、既得権益を持つ者も強引に押し切る事はできない筈。ウィルスは開催都市のせいではないからだ。もちろん、宣言自体を妨害しようとする存在に対する警戒も必要になる。
 それらについては「天皇陛下も五輪開催が感染拡大につながらないか懸念しているようだ」と宮内庁からの発信が成された。これを政治介入と言ってるのは既得権益を持つ権力者側だけに見えるのだが、どうだろうか。

 今の状況は、敗戦を受け入れられずにズルズルと戦争を継続した太平洋戦争と酷似している。天皇家には、昭和天皇が経験した苦々しい教訓が伝承されている筈である。今の天皇陛下が現状を心配されるのは容易に想像できる。

 大会中止は明白な経済的失敗を意味する。一方の大会継続には「成功するかもしれない」という仄かな希望的予測が残っている。
 しかし、大会継続が大失敗に繋がる可能性もある。が、その可能性は現時点では未知数である。という事は「想定できなかった」という言い訳をする余地がある。これが東京大会を中止にできない最大の理由だと自分は断言する。要するに、誰も責任を取らずに済む最適解は…

「赤信号、みんなで渡れば怖くない」…(出典:ツービート)

…こういう事だ。決断しない大人、責任を取れない大人の蔓延が「正常な危機回避能力」の阻害要因になっている。失敗した時の言い訳は既に決まっている。「中止にできない空気に呑まれた」…これだ。しかし、太平洋戦争の時もこれと全く同じ事を言っているのだ。
 ここで注意すべきは「中止にできない空気」を作り出す人間が存在するという事だ。そういう空気を作ると都合が良くなるのは誰なのか…それを皆が考える必要がある。

 視点を国内に限定すれば、そうやって事の本質をウヤムヤにして済ます事もできるかもしれない。が、オリンピックに浮かれている人々を横目に見ながら、大会期間中に喪に服すコロナ禍の遺族達の心情はどうなる? 無神経過ぎるだろう。
 さらに、オリンピックは世界中が参加する国際大会である。つまり世界中が見ている。事は個人の責任問題だけでは済まない。国家の恥に関わる問題である事を認識すべきだ。

 都知事は入院中だが、来週には復帰する予定になっている。おそらく、彼女の頭の中には「中止」という決断も選択肢に含まれていて、揺れ動いている最中だと思う。
 入院という事なので、何らかの治療が施される訳だが、おそらく「ただの治療」では済まないと思っている。治療という名目の説得・洗脳・脅迫・誘惑・取引… 様々な外部の影響を受け続けるに違いない。

 ここで問題になるのが、来月に迫った「都議会選」だ。小池都知事都民ファーストは今後も連携できるのか… それは東京五輪中止の判断材料にもなってくるからだ。
 今の自民党を見ていると、都知事都民ファーストを分断しようとしているように見える。民主主義が一番気に掛けるべき事は、分断が起こらないようにする事である。

 ミャンマーにしても朝鮮半島にしても、事の発端は「分断統治」から始まっている事を忘れてはいけない。昨年の米国の大統領選だって、赤と青の分断が親子関係や世代間の亀裂を深めた事を忘れてはいけない。イスラエルパレスチナ問題やシリア紛争だって、根っこには民族分断が絡んでいる。

 利己的合理性(利害関係)による囲い込みが、一方で民主的な繋がりを分断するという事に、そろそろ気付いてほしい。


 夏季開催オリンピックの主役は、個人的には陸上競技だと思っている。マラソンの一山麻緒、中距離の田中希実の活躍を個人的には期待している。中止になったらアスリートは残念だろうけど、活躍の舞台はオリンピックだけではない。中止になっても気を落とさないでほしい。