パンデミック後の新世界を作るために (foussin’s blog)

(『見捨てられた世代』からの提言)

26.資源配分・比較優位理論はハイリスク・ハイリタ-ンの典型(自由貿易の罠)

 この話題は、最初は「増税のやり過ぎは逆に税収減をもたらす」というテ-マで書く予定だった。が、それを突き詰めて行くと、もっと根源的な問題が絡んでいることに気が付く。それは自由貿易の関税軽減が招いた「間接税の不均衡」だ。
 そして、経済学が自由貿易の利点を語る時に登場する「比較優位」と「資源配分」の裏側で、各国の税制に歪みを生じさせている現実があると自分は主張。国外からもたらされる外部要因が「贅沢税(間接税)」を骨抜きにし、それが「再分配政策」にも悪影響を及ぼしていると自分は訴える。

 まずは、増税のやり過ぎは逆に税収減をもたらす・・・ これについて書いてみる。その典型が「ビ-ル税」だ。国内でのビ-ル消費の落ち込みは深刻で、今やピ-ク時の20%にまで減少した。その原因が度重なる増税にあるのは明白だ。
 出荷数が「5分の1」に減少するまで増税を繰り返すとは、まさに増税が「産業を弱体化させた悪例」といえる。出荷数の減少が税収減に繋がるのは当然の話だ。企業努力によって「発砲酒」「第3のビ-ル」なども登場したが、それらにも容赦なく課税された。
 お蔭で巷には「本物のビ-ルの味」を知らない若者が量産される結果になっている。最近の若者は、ビ-ルに限らず酒全般を消費しなくなった。

 そして街から酒屋が姿を消した。高税率が経営を圧迫し、大量入荷できる量販店以外は市場から締め出された訳。つまり産業を弱体化させた増税が、さらに雇用まで奪う悪循環を生み出した。
 産業の強化こそ「税収増の鉄則」だ。2020年から、ようやくビ-ル税率が軽減されたが、もはや手遅れだ。「酒屋」という文化自体が消え去ろうとしているからだ。メ-カ-の努力だけで販路を増やすのは簡単ではない。税率軽減といっても、コンビニの価格は高めだし。

 これを「時代の流れ」で片付けてしまっては、今後も別の業界で同じ事が起きる可能性がある。政府の税収欲しさから一部の業界が生け贄にされることは断じて容認すべきではない。サ-ビス業がキャッシュレス手数料を負担させられているのも同様の問題と捉えるべきである。
 政府の役人は公務員である。公務員制度は民主主義社会の中に存在する「例外的な社会主義」であることを忘れてはならない。彼らは税制を支配する権力を持っているので、市民の監視が不可欠だ。

 現在、日本国内には高度経済成長の恩恵を受けた年配世代と、低成長時代しか知らない若年世代が混在する。それは世代間格差が存在することを意味する。
 で、若年世代にとっては「高税率の商品こそ贅沢品」という意識が定着している。貧乏人に高税率を引き受ける余裕はない。だから買えない。貧乏人にとって高税率は「罰金」みたいなものだ。好き好んで罰金を払う義理もない。だから買わない。
 要するに、今や税率の高低によって「贅沢品か否か」が決められている。贅沢の概念を税制が変質させたのだ。今の税制は狂っているとしか言い様がない。しかし、狂い始めた原因も存在するはず。それを突き止めなければ悪循環を断ち切ることはできない・・・。

 間接税は、商品によって税率が異なっている。税率の違いの根拠となるのは、生活必需品以外の贅沢品には高い税率を掛けても構わないよね? という名目で掛けられる「贅沢税」という概念だ。
 で、酒税・煙草税は「必需品ではない」という理由から高い税率が掛けられている。だが実際には、酒や煙草の嗜みは、ささやかな「庶民のガス抜き」の意味合いの方が強く、決して贅沢品と呼べるものではない。
 煙草に関しては、新たに「健康税」という名目が追加されたようだ。自分はこれについても異論があるが、それは別の機会に譲ることにする。

 どちらにせよ、庶民の嗜好品と思われる酒や煙草に高い間接税を課す根拠を「贅沢税」に求めるのは不自然だ。結局、購買者数の多い商品に税金を掛けて「取り易い所」から取っているだけという話になる。
 本来の贅沢税は、富裕層の贅沢に高い税金を掛けて「再分配」の足しにするのが目的だったはずなのに、いつの間にか庶民がそれを負担する構図に変わっている。つまり、贅沢税は既に形骸化し、骨抜きにされている。

 それでは、富裕層の贅沢に高い税金が掛けられないのは何故なのか。本来なら贅沢な舶来品にこそ高い税率を掛けたいのに、それが実現出来ない。現在では消費税が間接税の主流になっている。消費税は定率課税であり、低所得者へのダメ-ジが大きい「逆進課税」だ。
 日本型の産業にとって、消費税は害悪でしかないのに、それでも導入されたのは自由貿易を目論む「外圧」に押し切られたからだと自分は思っている。WTO(世界貿易機関)やFTA(自由貿易協定)は、国際機関・国際協定という名目になっているが、結局は欧米の利益しか見ていない。

 外国製品に間接税を課すのは問題ない。間接税は国内品目において「公平な課税」であり、外国が相手国の間接税に文句を付けることはできない。そういう圧力は内政干渉になるので、国としても拒否できる訳。しかし、間接税の主流が消費税に変わったことで外堀は埋められてしまった。
 さらに外国勢は、国際分業論を根拠とする「資源配分」と「比較優位」を口実に、安価な製品を大量に送り込んでくる。それが関税撤廃となれば、例え間接税を掛けても「国内品よりも割安」になってしまう。

 資源配分と比較優位の問題は、二国間貿易の不均衡是正に配慮するので、交換条件として自国製品を相手国に輸出し、貿易収支のバランスを取る。それぞれの生産物が両国間で公平に分配されるなら、それは効率的な資源配分を実現し、両国の経済は以前よりも豊かになる・・・という話なのだが。
 資源配分と比較優位の観点から推奨される自由貿易には、一見すると何の問題もないように見えるし、資本主義者もそれを声高に主張する。しかし、本来贅沢品だったものが「意外と安いんじゃね?」と思われるようになると、購買者は低所得者層にシフトし、彼らが間接税を負担させられ、結局「贅沢税」という再分配が骨抜きにされる。最後には「取り易い所から取る」という間接税の不均衡だけが残る。

 要するに、比較優位と資源配分に着目した自由貿易には、各国の再分配政策を効きにくくする弱点があり、それが世界中で格差を拡大し貧困層を苦しめていると自分は考えている。それが自由貿易を推進する「世界標準」の実態だ。世界標準を無条件に信じるのは危険だ。それは、自分の頭で考える力を失った愚者の選択である。
 世界中が格差問題を抱えているのは、結局は「資本主義の近視眼的合理性」が原因であり、それが各国政府の目まで曇らせたと自分は考える。役人は公務員なので、貧困層の痛みに鈍感な面もある。

 また、貿易相手の「効率的な生産」が、どうやって達成されたかと言えば、結局「世界の工場・世界の畑・世界のOO]という大規模化・一極集中・大量生産によって支えられている。
 これらが今回のコロナ・ショックで大きなリスクとなったことを忘れてはいけない。しかも大量生産型の効率化は、自然環境への負荷が大きく、持続可能社会の実現にとっても望ましい事ではない。

 そして、食料品や医療品の生産を他国に完全依存するのが、どれほど危険な事かは今回のパンデミックが証明した通りだ。食料や医療品の自給率を犠牲にしてまで効率化を追求する事が「合理(論理的に正しい)」と呼べるのか、今となっては大いに疑問だ。
 補給ル-トを絶たれ兵糧攻めに遭うリスクも考える必要がある。例え相手が友好国であっても、非常事態の時は「自国優先政策」を取る。その時に困るのは「依存した側」なのだ。だからこそ、今後の日本は自給率を重視すべきだ。そのためには「実体経済の強化」が必要。金融資本のマネ-ゲ-ムに気を取られている場合ではない。

 効率とリスクがトレ-ドオフの関係にあることを忘れてはいけない。自由貿易を迫る国が、その根拠として比較優位と資源配分による効率化を挙げてきたら、それはハイリスク証券を売り込みに来る「悪徳商人」と同類かもしれない。安易に甘言に乗せられては駄目だ。
 国際的分業を狙って自由貿易を推進するなら、同時に各国の再分配政策を変質させない対策も取るべきだ。例えば、欧州が試験運用している国際連帯税を真似て「国際連帯贅沢税」を運用するとか・・・

 結局、公平な再分配の実現には「国際規格」が必要だ。WTO(世界貿易機関)やFTA(自由貿易協定)には「利益の最大化」ばかり重視してもらっては困る。
 利益の最大化がハイリスク・ハイリタ-ンで成り立っている事実に触れずに貿易交渉を進めるのは強引すぎる。今こそ再分配に配慮した民主的なル-ル作りを求めたい。